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さておかれる冗談

脚本家でイラストレーターのシーズン野田が綴る「活字ラジオ」。たまに映画を酷評し気を紛らわす悪趣味を披露してます。http://nigaoolong.com/index.html

ブログ更新   シーズン野田

志の輔らくごを、拝見いたしました。

詳しくは書きませんが、しびれます。

落語そのものへのあこがれを感じずにはいられませんでした。

知っての通り一人で演じるわけですが、

その制約をもってこそ落語は自由であると言えるのではないかと。


いわゆるリアリティへ近づく事が、すなわち遠ざかる事になるというのはよくあります。


ドラゴンクエストも、ファミコン時代のあの記号的な表現だからこそ、人の家に勝手に入ってタンスをあけてもそれは「アリ」になるわけで、どんどんビジュアル的なリアリティが増すことで、これただの泥棒じゃない?って、疑問符がつき始める。


それと同じで、落語も一人だからこそ物語にあるていど破綻が起きても、さして問題ではないわけです。

これってもの凄い自由だなって思うんですね。



しかも、

落語家は常に、落語家であって、落語家でない「誰か」であるわけです。

その「誰か」はみる人に委ねられてる。

観客のサーバーを借りながら行き来する情報。

これってもの凄い今っぽいな!って思うんですね。




僕は偉そうにそんなことを考えていたら、噺を途中で見失いましたが、それでも、間や喋り口、切り取り方などを観察しているだけで興奮します。

すごいですねぇ。

ただ最後に流れた映像はどうなんだろうか…。

折角かっこ良く終わったのに少し残念な気持ちになりました。

次は僕らに任せてくれませんか?