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さておかれる冗談

脚本家でイラストレーターのシーズン野田が綴る「活字ラジオ」。たまに映画を酷評し気を紛らわす悪趣味を披露してます。http://nigaoolong.com/index.html

二ヶ月ぶりにブログを更新!やばい写真と『愛のことはもう仕方ない』んだと思った。

お題「わたしの黒歴史」

 

いとこから、

「懐かしい写真発券!」

という文面とともに、とある画像が送られてきた。

 

「発券」はおそらく「発見」なのだと思う。

まぁ、発券でも、無理やり意味は通じる。

この画像を見れば、懐かしい世界へ行くことができるという意味で、この画像はチケットとも言えるからだ。

 

画像はとある遊園地で撮った、子供の頃の兄弟といとこで撮った集合写真だった。

 

しかし、この画像を見ても懐かしさを覚えるというよりも、自分はあの頃から何も変わってないのだという、焦りに似た感覚と、強烈なコンプレックスがゆるやかに沸いた。

 

強烈なコンプレックスがゆるやかに沸く、というのは、なんとなく矛盾した表現かもしれないけれど、なんとも言えない感情だったということ。

 

その写真の記憶は全くないのだけれど、あの頃のことは思い出すことができる。

 

けどそれは鮮明な記憶とかではなく、なんというかただ自分が嫌だったという実感だ。

 

自分が嫌いだった。好きな部分もあったのかもしれないが、それはすっぽりと抜け落ちている。

人間誰しも自己否定的な部分があるのだろうが、自分の場合は社会的に嘲笑されるようなことだったから、よりイメージしやすいのかもしれない。

 

まぁ一言でいうとデブだったのだ。

 

デブであるということは、目が離れているとか、鼻が低いとか、そういう類の悩みとは違う気がする。とくに子供の時はチビより、ブズより、何よりもデブが最も悪目立ちする。

 

デブには何を言ってもいい、という世間が存在していた。

 

デブは記号であり、デブがどんな人間であろうとも「デブだから」という理由でひとまとめされるのだ。

 

ヤセが取りそうな行動でさえも、「デブだから逆に」と、帰着されるほど、デブの威力はおそろしい。

 

もし太っていた人がハゲていても「太った人」だし、メガネをかけていても「太った人」だし、イケメンだろうが美人だろうが「太った人」であり、その先には進まない。

 

太っていることで足切りをされる場面がいくつもあるのだ。

 

それは、社会的弱者とかではなく、デブがもっとも伝わりやすく共有しやすい人間の特徴だということだ。

 

多くの創作物でも、太った人間が必ず登場し、だいたいのキャラ付けも似ている。

 

デブであるだけで、「どういう人間であるか」を説明するシーンを省くことができるので、作品自体はスリムになる。

 

「デブを登場させるとスリム」になるというこれまた妙な逆説が浮上したが、端的に言うと、デブに繊細な心の動きはいらないのだ。

 

とくに子供の時は、言語を知らない分、デブであることがより悪目立ちするから、喧嘩になれば「デブ!」だの「江原!」だの「お前インチキだろ!」などと罵られ、本質的なところでの言い合いは棚上げされる。

 

デブサイドも「デブでさえなければ、俺は悪くない!」という間違った自己解釈を余儀なくされ、性格の修正は困難になる。

 

デブがひん曲がった奴だらけなのは、このためだろう。

 

 

とまぁ、ここまで偏見で「デブ」を語るつもりはなかったのですが、二ヶ月ぶりに文章を書きたくなったのは、とある本を読み始めたからなのです。

 

『愛のことはもう仕方ない』という枡野浩一さんの新著です。

 

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スラスラと読み進めるうちに、フツフツとモノ書きっていいなぁって失礼ながらも思った次第。

 

ブログなんて書いても2兆人くらいしか読まないし、時間の無駄だろうって思い割り切ってやめていたのですが、気持ちを急に整理したくなりました。

 

久しぶりに紙の本を読みました。

 

最近はもっぱらキンドル読書こと「キンドク」だったのですが、手にした本のずっしりとした重みや、どこから読んでもいいという自由さが紙の本にはあって、スラスラ読める感覚がありました。

 

もちろん枡野さんの文章力の賜物だなのですが、ネットで連載したいたときよりも、断然読みやすい。

 

装丁もまた豪華で、キンドルの黒マットな物質感よりも、本の個性みたいなものを感じやすく愛着もわきます。

 

また読み進めることで、終わりに近づいていく感覚がキンドルにはなくて、永遠に続くかもしれないという途方にくれる感覚があるのですが(のくせに突然終わったりするのが、いいとこでもあるが)、紙の本は、ページが進む感覚があって、ペースを保ちやすい。

 

今更紙の本がいいみたいなことを書いても笑われそうですが、そのようなことから、久々に文章を書いてみようかなって気になったのかもしれません。

 

また、枡野さんのあの声で、何かに憧れながらもそうはなれない、弱々しい葛藤が、脳内再生されると、なんとも自分とシンクロしてしまい、ところどころで「全く一緒」だと思え、触発されるよに、いろいろと「思うこと」が湧き始めました。

 

それが、デブの話なのかよ!って感じもしますが、行為として文章を書きたくなったことがまず一手だったので、その先は別になんでもよかったのかも、、とも思います。

 

ある作品に触れて、自分が何かを行動したくなるってのは、多分その作品が素晴らしいんだと思うし、そういった連鎖で、自分の作品がモノ作りのきっかけに少しでもなったらいいですね。

 

 

 

さて、そんな連鎖活動として、来月、天才コンテンツホルダーピョコタン先生とイベントをやらせていただきます。クリエイターは全員見るべき内容です!きっとモノが作りたくなるはず!

 

 

にがウーロンnight vol.4 コントライブ

「振り返ればピョコがいる」

https://www.facebook.com/events/1657535137903203/

 

OPEN 19:00 / START 20:00

前売り:2500円(前売り限定Tシャツプレゼント!)
当日:2000円
(※要1オーダー500円以上) 

 

  

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いとこから送られてきた画像

※プライバシー保護のため、写真を加工しておりますが、若干怖くなりました。 

 

ピョコタン先生に似てるという意見もあり)