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さておかれる冗談

脚本家でイラストレーターのシーズン野田が綴る「活字ラジオ」。たまに映画を酷評し気を紛らわす悪趣味を披露してます。http://nigaoolong.com/index.html

稀勢の里が優勝したらしいが、「カルテット」を見た話

お題「楽しみにしているテレビ番組」

 

週1で禁句を設けています。

 

つい口に出してしまうことを意図的に避け、運を引き寄せようという試みです。

 

今週の禁句は「死にたい」です。

 

ちなみに3週連続です。

 

 

さて、稀勢の里が優勝しましたね。

 

実は自分の同郷で、とても誇らしい気持ちになると同時に、俺は全く優勝してないな・・・なんて、悲しくもなるわけですが、稀勢の里が牛久出身だということで、牛久が盛り上がっているとニュースでやっていました。

 

小学生時代の教頭先生とか、幼稚園の園長先生とかもインタビュー受けて当時の稀勢の里を振り返った映像が流れてました。

 

知ってる人が立て続けに出たので、驚きましたが、気持ちはモヤモヤ。

 

というのも、小学校も幼稚園も牛久市ではなく隣の龍ヶ崎市なんです。

 

稀勢の里って龍ヶ崎出身じゃないの??

 

おい、牛久!てーめ勝手に盛り上がってんじゃねーよ。沼と大仏で我慢しとけや!!!

 

だいたい牛久沼だって龍ヶ崎の住所だし、名物とりすぎ。

 

・・・なんてね。全く怒ってないの俺。

 

無理やりパトリシズムを出してみました。

 

ということで優勝おめでとう!

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さて、久々にテレビドラマを見ました。

 

その名もTBSの新ドラマ「カルテット」です。

 

仕事しながらテレビをつけっぱなしにしてたら突然始まって、なんとなしに見てたのですが、これがなかなか面白い。

 

役者陣も、松たか子様や、満島ひかりさん、松田優作の息子や、イッセー尾形などなかなか豪華で、普段はもっと新人役者を抜擢して業界を育てなさいよ!とかヤフーレビューみたいな発言をしている私ですが、もし見知らぬ役者がカルテットしてても、アイキャッチせずに、茶道の準備でもしていたと思うと、やっぱり有名って重要だよなぁと思いました。

 

セリフがよくて、ほうほう、そうきますか。いい着眼点だな。

みたいな気にさせてくれるのも、役者の戯れが上手なのでしょうが、脚本家が坂元裕二先生なんだね。なるほどね。

 

大御所ですよ。今までひとつも見たことはなかったけれど、彼なかなか見込みあるよ。

 

脚本家といえば、三谷幸喜とか、クドカンとか以外あまり表立って名前がでないよね。

 

まぁもちろん裏方だからいいんだけれど、もっと脚本家でドラマを見るという文化があってもいいんじゃないかって思うんですよね。

 

橋田寿賀子ドラマみたいな感じでさ。

 

役者にとってもいいと思うんだよ。視聴率悪いと主役のせいにされたりするけれど、結局はドラマがつまらないってことだったりするわけで、もっと責任を分断してもいいと思うのね。

 

古畑任三郎なんて、最初に三谷幸喜!ドーン!ってでかでかクレジットが出るわけだけど、つまらなければ全部引き受ける覚悟を感じますよね。

 

決して田村正和のせいにならない。

 

冒頭のアバンタイトルで古畑が「え〜」と一人でカメラに向かってごちゃごちゃいうじゃないですか。

 

世にも奇妙な物語タモリもそうだけれど、あれを脚本家がやるのもいいんじゃないかって思うんだよね。

 

見どころを作者が語って、見る態度をつくってもらうという。

 

ドラマなんて一回しかみないもんだから、結構巧みに伏線はってたりするのが気づかれなかったりするし、作り手としては「はってるのに〜伏してるのに〜」ってヤキモキすることもあると思う。

 

最初から注意深く見てもらったら、何気ないシーンがアハ体験的につながったり、より深くドラマにはまれる気もする。

 

僕は予備知識は重要だと思う派で、派閥に会費も払っているわけだが、もっと見る前に知っておいていい情報ってあると思うわけです。

 

今はネタバレ注意とか、そういう言葉あるもんだから、ネタこそ全てみたいな風潮があるけれど、話だけが物語じゃないと思うわけです。

 

だいたい初見って話を追うので、ちょっとしたギミックも素通りされたりするし、時代背景とか知らないと、本質的な捉え方もできないというかね。

 

人間ドラマは普遍であり、典型的だから、そこだかけ追っていれば多少知らないことやわからないことがあっても棚上げして入り込むことはできるんだけれど、その棚上げされている部分がもったいなかったり。

 

実はブルースウィルスは死んでいて、ハーレージョイルオスメントだけには見えているということがあらかじめわかっていても、違う見方をすれば全然面白く見れるんだ!!という大胆さも必要じゃないかなぁと。あ、シックスセンスの話ね。ネタバレすいません。

 

予告編がその役割だったりするのかもしれないけれど、もっと作り手の声を聞かせてあげる。それによって、受け手にも作り手になってもらえば、もっと作品が各々ものとして広がっていかないかなぁ、、と思いました。今、思いました。

 

カルテットだったら、冒頭に坂元先生が登場して

 

「え〜どうも、その昔大ヒットした東京ラブストーリーというドラマの脚本を担当しました坂元です。今回のドラマは、すごいですよ〜。108回改稿してますからね。煩悩の数と一緒ですよ。なかなかゴーがでなくて、もっと好き放題やらせて欲しいのですが、松たか子が全裸NGだっていうものだからね。服を1枚着させるごとに1回改稿してますから、松たか子さんのだいたんな厚着姿に今回は注目してね!あ〜満島ひかりなら全裸オーケーだからそっち脱がしてくれって言われたけれど、特に話に絡むことがないからやめておきました。みたくもないしね。それではお楽しみください。僕が書いたカルッテト張り切ってどうぞ!!」

 

みたいな感じで始まるとさ、まぁハードルは上がるけれど、寄り添って見てくれる気もするんだよね。

 

これって作り手の美学に反するのかな。。。

 

けど、今はもっと作り手の努力とか手の内をじゃんじゃん出しちゃったほうが、いいと思うんだよな。

 

補足、高橋イッセーって、淡々とした演技で素晴らしいと思ったけれど、全体的に演技が淡々しててリアリズムにこだわっている感じがあるね。

だから、ドラマ的な大げさ感がやけにわざとらしく感じる。

あ、それは悪いって言ってるのではなく、むしろ変な感じがして面白い。

何か生まれそう。