『ゼプテンバーイレブン・ダッド』〜親父が起こす小さな波
ある日、父が「公民館に予約してきたから、3月11日」と、一枚の紙を見せてきました。そこには近所の公民館の大和室を予約したことが記されていました。
「何これ?」と言うと、気功教室をやるとのこと。
「気功教室??」
そういえば数日前、父は気功教室をやりたいのだけれどどう思うかと、自分に質問してきたことを思い出しました。
その瞬間のフラッシュバックは鮮明に覚えています。フラッシュバックは本当にフラッシュして、バックするのです。
そして回想場面は、モノクロのスローモーションで脳内に再生されます。
その時は、また言ってるだけだろうと思い「やりたいなら動きなよ。先に場所を押さえるとかしないと、どうせいつまで経ってもやらないよ」なんて、適当なことを言ってその場をやりすごしたのですが、やりすごしたのがまずかった。
まさか本当に予約してくるとは思いませんでした。
誰がしがないおっさんの気功体験教室に顔を出すというのでしょうか。みんなそれぞれの生活をそれぞれの視線で一生懸命生きているのです。
いくら無料の体験教室だからといって(無料なんです)そんな暇な人間は、英傑な麻薬犬ですら発見することは不可能でしょう。
「とりあえず、二、三人でも来てくれればいい」とのことで、まぁ勝手にやってくれればいいのですが、、、どうやら自分にチラシを作って欲しいようです。
ここまで面倒くさいことがこの世にあるだろうか、いやない。反語の例題としては申し分ありません。
父は決まった仕事をしておらず、というか無職で、もちろんお金などありません。
チラシを作って欲しいの裏側には<家族だからタダで>という、暗号解読チームが即日解散するようなメッセージが隠れていることは、もはや本人も気がついてはいないでしょう。
くどいようですが、父に自由にできるお金はないのです。
だから印刷代だってコチラ持ちです。父の「必ず払うから」は、もはやタダのおまじないであり、逆に本当に払われると、宇宙人や幽霊の存在を認めなければならないほどのオカルトなので、相手にはできません。
とはいえ自分も決まった仕事をしておらず、というか無職なので、作る時間がないこともありません。それに「そんなの誰も来るわけないよ」と、一言現実の声をお見舞いできなかった自分に責任がないとも言い切れません。
ということで、適当にやる気を促してしまった自責の念と、 "親だから"という宿命のみで、仕方なく戯言に付き合ってあげることにしました。
ただ、仕事じゃなくチラシを作るのです。
時間をかけるわけにはいきません。
先延ばしにするとあとで面倒になると思い、その場で瞬間湯沸かし器のようにイラレを開いてチラシを作ってあげました・・・。
「気功体験教室」だと硬すぎる、とのことだったので「あなたも気功を体験しませんか?」という温かみのある問いかけを表題にしました。
周りの波は「気」を表現しています。ちなみに中の黄色も「気」を表現し、裸の人間が発光しているように見えますが、それは「気」を表現してるがゆえです。
父はたまに、母が見つけてきたポスティングの仕事をしています。町内の家々のポストにお店のチラシを入れていくのです。要はビラまきです。多分そのついでに気功体験教室のチラシを配るのだと思います。
映画でも登場人物の特技が、たまたま伏線を回収してしまうことがありますが、それに似ています。
さて、ついにセプテンバーイレブン。当日です。蓋を開ける日がやってきました。
ハコの中の猫は生きているのか死んでいるのか、見るまではわかりません。
イベントごとに重要な天気も、見事な快晴。
「たくさん来られたらどうしよう、大変だ」と言う、能天気さも見事に快晴です。
果たして、父が投げた小石はどんな波を起こすのか。
現場に15分早めに到着するとすでにざわざわ。
まさかもう集まっているのか??と思ったら、隣のホールで子供がレクチャーしているだけでした。
よかったよかった、一番乗りで現場に入らない主催者は主催者として失格ですからね。
とりあえず、参加者が来る前に準備運動。大和室は広くて三十人は入りそうです。
そのうちにざわざわと部屋の外から声が聞こえ始めました。
ようやく来ました。結構な人数です。
2、3人レベルじゃありません!!逆にやべーと思いました。
脳梗塞を患い滑舌は悪く、糖尿病で体もボロボロ。そんな父が、そんなに多くの人間に気功を教えることなどできるのだろうか?と、不安になりました。
まぁ、自分も父のことは言えず「どうとでもなれ!」で生きてますから、めちゃくちゃになって怒り出して帰る人がいるのもまた、それはそれで面白いだろうと急にスイッチが切り替わりました。
さて、部屋の外に出てみると・・・隣のホールに子供を迎えに来た親御さんたちの群れ・・・。
ざわざわの正体です。
なんだ・・・まぁまぁ、逆に良かったよ。こんなに来られても恥かくだけだしな。
かくして、集合時間になりました。
結局、誰もきませんでした!(by 父)
気功が、奇行に変わる瞬間です。
それから一応30分だけ待って、公民館の人に励まされて、帰路につきました。
父の投げた小石は、何一つ波をつくることはありませでした。
そもそもそこは水辺だったのでしょうか?
凍った水面に投げた小石が、そのまま滑っていっただけなのかもしれません。
ただ一つ、適当に作ったチラシを残して。
現場からは以上です。
そんな父が、noteでマガジンやってますので、よかったら覗いてやってください。