特別な人間になりたいなら、妖怪になればよい。
街角のクリエイティブに連載を始めてから、まったくブログを書かなくなってしました。
まあ当方のブログなど誰が見てるわけでもないのですが、適当に書くということもたまにはやらないと、ただ締め切りに追われて気がつけば土のなかにいそうでもないので、今こうしてブログを書いています。
まぁ街クリのコラムが適当ではないのかといえば疑わしいのですが、映画見にいって書いてるわけですら、それなりにコストはかかっているので。
すごく抽象的なことしか言えないのだけれど、毎日毎日「得体の知れない不安感」が自分を締め付け、本当にこのまま何もないように生きていくことはいいのだろうか?とつい自問自答しています。
結婚しなくていいのか。仕事はしなくていいのか。
とかそういうことではありません。
もっと根本的なことです。自分は生きていていいのだろうかみたいなことです。
ザッカーバーグが「特別な人になろうとするな」と言っていました。
特別になったお前が何を言うか。ただ、本当にその通りなんだと思う。
特別であろうとすることで、特別から遠ざかるのだ。
そういうことってよくある。
自分は詐欺師です。と正直にいうことで、詐欺師から遠ざかるような。
ディズニーランドで働くと、ディズニーランドが嫌いになるような。
ウルトラマンのお面をかぶることで、ウルトラマンでないことを自ら認めてしまうような。
いい人であろうとすることが、そもそもやましいような。
文章を書くことで、気持ちを整理するつもりが、文章に縛られてしまうような。
そういったことで溢れている。
でも、ウルトラマンになるには、ウルトラマンであろうとしなければそもそもなれないし、いい人であろうとしなければ、いい人になれない。
その「あろうとしなければならない」期間というのが、とても苦しいのだ。
それは本当の自分ではないから。
特別じゃないから特別をもとめてしまう。じゃあどうすればいいのかわからないが、自分にとってだけは自分は特別な存在であるという感覚を早いとこ身につけるべきなのかもしれない。
そしてそれもまたとても難しく、それでもやっぱり「君の膵臓をたべたい」。
ということで、次回の街クリのお題映画は「君の膵臓をたべたい」です。