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さておかれる冗談

脚本家でイラストレーターのシーズン野田が綴る「活字ラジオ」。たまに映画を酷評し気を紛らわす悪趣味を披露してます。http://nigaoolong.com/index.html

妊娠こと、シーズン野田

そういや、昔はゲームが大好きだったなぁと思う。

正確に言うならゲームそのものよりも、任天堂が好きだった。

任天堂以外のゲームは断じて認めないというほどの狂信ぶりだった。

プレステとか持ってなかったし、買おうだなんて今も思えない。

今、任天堂のゲーム機はゲーム史上最速のペースで売れているらしい。

がしかし、任天堂が本当の意味でスゴかった時代が別にあ。

それは、ファミコンでもスーパーファミコンでもない時代、実は、任天堂が覇者から引きづり降ろされ、プライドをズタズタにされた暗黒の「NINTENDO64」の時代であり、この時ほど、数々の傑作が生み出された時代はないのである!

なぜこんなことを書いたのかというと、昨晩、ロクヨンの傑作ゲーム「ブラストドーザー」をプレイしている夢を見たからだ。

このゲーム、知ってる?
皆、知らないだろうな。

うろ覚えだがトラックやらロボットやらを操って街を破壊するゲームなのだが、パズル要素も相まって、かなりの難易度なのだが、クリアした時の達成感はあとにも先にもこれ以上の物はないとまでは言わないが、かなりの物だった。

弟とよくやったな。

今の任天堂の礎を築いた本流をしらない「脳トレ」だの「wii フィット」だのを買いあさるスイーツ層の持つ任天堂のイメージとは全く大きくかけ離れている。

とにかくこの時代、実験的で革新的で、難易度もたかく野心に満ちた作品が数多。

そんな暗黒時代あってこその今の「お手軽カジュアル時代」であることを忘れてはならない。

と信者の俺は思ってしまう(ちなみに、「ブラストドーザー」はレア社が開発、発売元が任天堂だったか)。

マリオだってマリオカートだってゼルダだってスターフォックスだって「64バージョン」が一番面白い、というか、この時代が基本になっている。

正直、後継機になるにつれ、その印象はうすくなっている。

ただ、もしかしたら、あの頃の絶対性が今日のこの喪失感を生み出しているだけかもしれない。

ちょうどゲームが過渡期にあって、そんな時に、たまたま自分は思春期で多感な時期だった、ゲームが命だった、という思い入れの違いなのかもしれない。

今の子供達に聞いてみたい。

テレビも最近つまらないと思うのも、自分が変わっただけなのかもなぁ。


まとめ

「時代が変わったのか、自分が変わったのか、その境は実に恣意的!大人たちよ原点を見つめなおし、日常にコミットせよ」