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さておかれる冗談

脚本家でイラストレーターのシーズン野田が綴る「活字ラジオ」。たまに映画を酷評し気を紛らわす悪趣味を披露してます。http://nigaoolong.com/index.html

子供をあまやかしてはだめです   シーズン野田

僕は甘やかされて育てられたからか、他人への依頼心が強いです。

完全に親のせいですが、親のせいにしているあたりが、この性格を決定づけていますね。

そんなネガティブキャンペーンをすることによって「わかってるよ感」をアピールをしているところがまたあざといですね。

別にそんなことはどうでもいいのですが…と言いながら、どうでもよくないから、こうやって貴重な時間を割いて、自分を見つめ直しているのでしょう。

思えばエクスキューズばかりの人生です。





ある本に「他人を語るな、自分を語れ」と書いてあったので、ちょっと語ってみました。

その本曰く、

無責任なものなら「噂話」になり、やや慎重なものなら「伝記」になり、「追悼記」となり「思い出の記」となる。人は共に生活したことのない他人の心の内など、正確にかけるわけがない。

と。

つまり、他人のことなどわからない、すべて憶測である。

ってことなんですね。

僕は、このブログで自分以外のにがウーロンのメンバーや、弟子の竹前小太郎、義弟のミーちゃんなど、他人を語りすぎたように思います。

確かに他人のことを語るとき、憶測が入り混じっていたことは認めざるを得ません。

たとえば、

ライスタ角田は、女の胸を揉みしだきながら、女の乳首と間違って、自分の親指を吸っていた
という有名な話がありますが、確かにこれも噂に過ぎず、見たわけではありません。

角田ならやりそうだ、という勝手な憶測や思い込みは、角田本人からしたら、いい迷惑だし、彼も人の子傷つくと思います。


何かを語るっていうのは、自分の意志や思惑や狙いとは違う方へ転がる危険性があって、もしかしたら語られたその人の人生をめちゃめちゃにしてしまう危険を含んでいるのです。

自分のことなら責任持てるでしょうが、他人の事など責任持てないからね。

「噂話」に人生をだいなしにされた人は数多いることでしょう。ってかすべてこれが原因でしょうね。



すべて世の中イメージだってことだね。


けれどもまてよ…とここで思う。先ほどあげたの本の中には

「人は共に生活したことのない他人の心の内など、正確にかけるわけがない」

と書いてありました。



つまり同じ屋根の下生活している同居人のことならどんだけ語ってもいいってことか??

なんだ。

じゃあまだまだ角田を語れるな。