さておかれる冗談

脚本家でイラストレーターのシーズン野田が綴る「活字ラジオ」。たまに映画を酷評し気を紛らわす悪趣味を披露してます。http://nigaoolong.com/index.html

ブリと母と最期のクリスマス

母の容体がよろしくなく、会社を早退して病院へ。

街はクリスマス。ケーキを売り切るために、駅構内ではサンタ帽の店員が声を出す。
自分にはまるで関係ないその世界を横目に足早に急いだ。
妹からの電話によると、母の癌は、脳の方へも転移してるらしく、その影響でほとんど喋ることができなくなったという。すぐ死ぬとかじゃないらしいが、急変するかもしれないとのこと。
妹からの電話にいい知らせがない。着信画面で妹の名前があるとそれはまるで死神からの知らせようで背筋が凍る。
祖母の死に際、父の入院、母の余命。いつだって妹が電話で「お兄ちゃん」と知らせてくるのだ。そして、今日もまた妹は、電話と自分を震わせる。
電話の直後、母からのラインが届いた。ラインするくらいの力はあるのかな?と思って少し安心したのだが、送られてきたのが

 

<釣れたてのブリをぶった切って作る料理を紹介します!こちらになります。どうぞ>

 

というyoutubeの料理動画で困惑した。知ってますか?きまぐれクック。

いったい何の意味があるのか?言葉が話せないので映像で伝えにかかっているのか?示唆に富みすぎてわからない。ぶりが食べたい、とかじゃないことだけは確かだ。

 

病室には、父と妹と弟がいた。一番下の弟は夜勤の疲れか帰ったようだった。母は薬が効いているらしく眠っていた。母だけがいつもポツンといる病室とは違い、なんだか賑やかに感じた。父が、子供がたくさん来てくれてお母さんも幸せだ、とのんきに笑った。

ふと、もし、自分が病気になったら誰が駆けつけるのだろうとふと不安になった。母も父も死に、妹や弟には家族があるなかで、もし自分一人がこの先病気になったらいったい誰が面倒を見てくれるのだろうか。。。こんな時も自分の未来を案ずるとは、何とも自分本位な人間であるが、まぁそう考えたら母は幸せなのかもしれないし、これが母の勝ち取った唯一の幸せだ。


思い出したように母が目覚め、何かを口にしている。

「だ、、、なんで、、、きもの、、、なの??」
「え???」

冷戦時代の暗号解読劇を思い出すほどに、まったく何を言っているのかわからない。

どうやら母は、自分に何かをうったえているようだった。何回も何回も同じ呪文を繰り返す。まるで魔法の練習である。

それでもその魔法が出ることはなく、母の苛立ちが徐々にヒートアップしていく。伝わらないもどかしさ。何かを懸命にうったえている。いや、そもそもうったえたいことなどないのかもしれない。混乱がそのまま言葉になっているだけなのかもしれない。
もし、うったえたいことがあるのに伝わらないだけなら、そこにはお互いのゴールがあるのだが、そもそも寝ぼけているだけだとしたら、まともに取り合うとこちらは疲れてしまう。

弟は「やっとくやっとく。大丈夫だよ」となんとか落ち着かせようとしている。
でも、母の意識はなんとなくはっきりしてるようにも感じ、なんとがゴールを目指した。

でも、やっぱりわからなかった。わかりそうでわからない。いや、わからなそうでわからない。そのくらい母は何を言っているのかわからない。でも何かしらの意思を感じるから邪険にもできない。

昨日は普通に話していたその母の急な変わりように、胸が痛み切なくもなったが、その痛みに気づかぬふりをし続けた。というよりも混乱の方が勝っていたのだろう。今こうやって母が穏やかに寝静まる横で文章を書いていると思い出す。

事故で急に死ぬよりも、癌は死期がまだわかるから終活ができていいといつか母が言っていた。いや、樹木希林だったかな。でも、程度の差はあれ、いくら死期がわかっていたって急に容体が悪くなるその瞬間、やっぱり急に母がいなくなったような気持ちになる。昨日は苦しそうでも、母の意識があったのだ。そして今日、急に頭がおかしくなった。虫歯の痛みのように、潜伏していたものが溢れ出る瞬間はいつだって急なのだ。その急な瞬間を積み重ねて生きているのだ。

母の瞳孔が気になり、顔を近づけ目の中を覗くと、母が避けるようにはっきりと「気持ち悪い」と言った。自分が顔を近づけたのが嫌だったのだろう。何て失礼な母親だろうか。でも、安心した。本日唯一解読できた暗号であり、唯一唱えることができた「失礼」という名の呪文だ。
意思が通じるというのは、内容に関係なくとてつもない奇跡なんだぁと実感した。ああ、ドクタードリトルに来てもらいたい、もしくはドクタードリトルのよう動物と話せたら、、と思いふと我に返る。母は動物ではない。それはそれで失礼な話だ。
母がすやすや眠る横で、多分、母と過ごす最後のクリスマスだろうと思い、柄にもなくクリスマスソングをかけてみる。看護師さんには、なんて小洒落たやつだろうなんて思われただろうか。まぁ思わないか。
母に送られたブリの動画を再度見てみる。ブリはブリ大根に姿を変えられていた。ブリの定番である。

 

息子よ、定番になりなさい、というメッセージか。
ブリのように出世しなさい、というメッセージが。
単に、ぶつ切りにされたくないという過った死への恐怖か。

 

最後まで見てもよくわからず、とりあえずブリ大根が食いたくなった。いつもだったら動画なんか見てたら「早く寝なさい!」と怒られうんざりするところだが、今日は何も言われない。薬ですやすや眠っている。
もう一度。「レナードの朝」のような突然の奇跡が起こり、明日起きたら、何事もなかったように母と話したいと願う。特に話すことはないけど、ブリ大根の真相でも聞いてみようか。聖夜やだなんだと歌い、サンタさんに頼みますよ。。。と、back number風にまとめようと思ったが、とっくにクリスマスは終わり、平成も残り少しか。

 

平成、いろいろあったな。

 

f:id:nigaoolong:20181226011802p:plain

寝る母、素描