さておかれる冗談

脚本家でイラストレーターのシーズン野田が綴る「活字ラジオ」。たまに映画を酷評し気を紛らわす悪趣味を披露してます。http://nigaoolong.com/index.html

女医に肛門をいじられた日

中学の頃から慢性的に痔でした。

たまに紙に血が付くくらいだったのですが、ここ半年で急に出血がひどくなりました。

痛みはほとんどありません。

たまに便器が真っ赤に染まっても、うわー綺麗!とごまかしながら、とりあえずボラギノールを当てがう日々ではありましたが、徐々に血に染まる割り合いが増え、腸の中でジェノサイドでも勃発しているのではないかというレベルに達してきました。

困りながらも、痛みはない。「カレーは飲み物」、「文章で(笑)は使わない」、「病院は痛くなってから行く」を貫き生きてきたので、なかなか病院にもいけません。そもそもお尻になにやら突っ込まれるなんて、考えただけでも血が噴き出しそうで、どうしても怖いのです。友人や擬人化された便器には「早く、早く病院に行きなしゃい!」と囃し立てられ板挟み。

ふと、「逆立ちすれば治る」という父の言葉を思い出しました。

ドラクエの微妙なアドバイスをくれる町人の何気ない言葉のように、気にはしていないが心に残っていたのです。


調べてみると、肛門付近は血液の流れが悪くなりやすくうっ血しやすいとのこと。そのうっ血した血液を逆立ちで心臓に戻すことができ、うっ血を緩和できると。しかもこれはダイエットの効果もあるというのです。内臓の位置が正常になるとのこと。いいことしかありません。

さっそく、毎日なにかの節々で逆立ちをするプロジェクト発動です。ご飯を食べる前に逆立ち。食べて逆立ち、こたつからトイレに行くと間で逆立ち、風呂から出て逆立ち。

確かに、逆立ちをすると、気持ち的に整った気分になり、ちょっと病みつきになりますね。最初はおぼつかない逆立ちも、「オラよっと」ってな感じです。最近では「地球をもちあげている」という感覚で、どっちが天か地かわかなくなりました。

その効果もあって、なんと痔も改善されました!

すごい!逆立ちすごい!

これで病院にも行かなくて済む。

しかし、友人やら擬人化された便器やらには良くなった!と熱弁しても信じてもらえません。

「大腸癌の可能性もあるわけだし、とにかく一度病院で診てもらいなしゃい!」

という異口同音は鳴り止まず、そのストレスのせいか、再び肛門が疼き出しました。

ということで、中学の頃から慢性的な痔で悩んでた自分ですが、意を決し、人生で初めて肛門科に行くことにしました。「この菊の紋所が目に入らぬか!」と見栄を切る肛門ショーの始まりです。

とりあえず勤め先の近所で一番評判の高い病院にいくことにしました。検索してみると「日本初の女性肛門科専門医」の病院にぶち当たりました。「女性」による「痔」の専門医・・・うーん。さすがにちょっと迷いましたが、まぁご年配の先生らしいし、なんせ評判がいいのです。

それにおっさんにグリグリと指を突っ込まれ「2時の方向に切れ痔でんがな、でへへへ」とニヤつかれるよりはだいぶマシです。

自分の肛門科の先生のイメージは、ピノキオに出てくるサーカスの悪い奴です。まぁ、これよりはマシでしょう。

本番当日。毎朝日課にしているボラギノールを塗るべきか否か迷い、結局いつもよりも多く塗って病院へ向かいました。散髪に行く前に、一応礼儀として洗髪するのと似ています。

病院へ着くと、この寒い時期に、うっすらと汗をかいていました。緊張していたのだと思います。なんせ今から肛門サーカスが始まるのです。

玄関を開けて、いきなり後悔しました。大海原の大後悔です。「しまった!」その時の心情を今でもありありと思いだすことができます。

なんと待合室にひしめき合あっていた患者の全てが女性なのです。そりゃそうですよ。女性の医者に女性は診てもらいたいに決まっています。なんでそんなこと予想できなかったのだろうか。どうして男が行っても良い場所として誤認してしまったのだろうか。しかし、ここで歩みをやめては逆に怪しいので、ぐっとこらえてそのまま何事もないように受付へ向かいました。

「しょ、初診なんですが・・・」

受付の女性の顔が引きつったような気がしました。たぶん思い込みです。でもそのくらい自意識過剰になっている自分がいます。今ならまだ引き返せるか?しかし、せっかくここまできたのです。今帰ったらそれこそ病院へ行くのは東京オリンピックの時期と重なってしまう。みんなが金メダルだ銀メダルだと騒いでる中一人「痔アナルだ!」と騒ぐのだけはどうしても避けたい。さけるのは肛門だけでけっこうです。

とにかく辛抱だ。人生のうちのたった数時間辛抱するだけじゃないか。

さすが肛門科らしく、円形ドーナツ型の座布団が置かれた椅子があり、何事もないように座ってただ時が経つのを待ちました。なるべく誰にも顔を合わせないように、スマホを見つめ、さも忙しさの合間を縫ってここにきた感を演出しました。女性専用車に間違えて乗り込んでしまった人の気持ちがなんとなくわかりました。

精神と時の部屋のような時間の中で、ふと便意がやってきました

今から肛門を見てもらうのに、なぜ今便意なのか??せっかく綺麗に洗ってきたのに・・・せっかくボラギノールを大量に塗ってきたのに・・・神のいたずにらに気付かぬフリも限界に達し、便意は便衣兵を装ってはくれず隠れる気配もなく、ズカズカと前線へ踏み込んできます。

このまま我慢するか?いや、諦めて脱糞するか??結局、正常な判断ができない戦場のような場所で、自分が下した作戦は「脱糞」です。本番で肛門を刺激され、漏らすよりはいいと思ったのです。

ただ、トイレに行くには、待っている女性たちの間を通っていかねばなりません。ああ、動きたくない。目立ちたくない。「誰も見ないでくれ」という自意識は、学生時代にパーマを失敗したあの日を思い出させます。

なるべく、気配を消しながら、誰にも目を合わせないようにしながら、トイレに向かいました。結果この「脱糞作戦」は自分を勇気づけるものとなりました。トイレのドアを開けると、なんと男性用の小便器が置かれていたのです。よかった・・・。ここは男性が来てもいい病院だったのか!いや、そもそも男性が来ていい場所なんですが、そのことをしっかり体感できたというか、便器を見てここまで感動したのは、マルセル・デュシャンの「泉」以来です。

そこからはあまり人の目が気にならなくなりました。

マルセル・デュシャンの「泉」

看護婦さんに、本名をフルネームで呼ばれて、再び恥ずかしくなりましたが、いやいやいいんです。ここは男性がきてもいい場所なんです。まるで産婦人科のような光景ですが、出産ではなく、おしりの穴に産まれた出血と戦う僕らはもはや同志、肛門で繋がりあうクラスメイト、卒業はみんな仲良くコウモンの前で!

いよいよご対面

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名前を呼ばれ診察室へ。

先生はピンクの白衣を着て(もはや白衣ではないやつ)、まるでたかの友梨のような輝きを放っていました。

肛門科業界は私が変える。もうアナルドクターとは言わせない。アナリストとは私のこと!というようなエネルギーに満ち溢れていました。

信頼できる。この人になら肛門を任せても問題ない。直腸で直感しました。

「痛みは?」

「ありません」

「とりあえず、見てみようか」

ベッドはカーテンで区切られており、お尻を出して横になったら呼ぶように指示されました。

「全部脱いだほうがいいですか?」

「ズボンをちょっと下げるだけでいいですよ」

そりゃそうだ。なぜ、全部脱ごうとしたのか。

先生がやってきました。

「ほんじゃ、いくわ」

と言ったかわかりませんが、指を入れる前、先生は多分何かを言ったはずなのですが、なにを言ったのか記憶が抜けています。交通事故直前の記憶が、衝撃ですっぽり抜けているのと似ています。先生の指が肛門に入るインパクトが、直前の記憶を消し去ったのです。

「あ・・・」

肛門をかき回す先生の指。かき回される我が肛門。指と肛門の会話。もし E・Tが指を突き出してきたら、我々は肛門を突き出すべきなのかもしれない。

あまりのことに最初は動揺しましたが、思っていたような激痛は走りませんでした。傷口を直に触るわけですから痛いだろうと踏んでいたので一安心。

次に、内視鏡カメラをぶっさされました。

「はう・・・」

カメラの衝撃も束の間、目の前のモニターには己の肛門のさらに奥の世界が映し出されました。

「うわーきれいなピンク」

思わず口にしそうなほどに、本当にきれいなピンクなのです。まさに桃色吐息。急にホルモンが食いたくなります。

「ちょっとイボになってるけれど、まあたいしたことないね」

あんなに血が吹き出していたのに、たいしたことがないらしいです。ほんと??

「癌かどうか調べてみないとわからないけれど、まだ若いからねぇ」

若いからなんだというのか。若いほうが癌の進行早いんじゃないの??家族に癌がいるかいないかを聞かれましたが、やはり癌は遺伝が多いってことなのでしょうか。

たいしたことないと言われて出された薬の威力。

全て自分の肛門に向いています。

実際あんだけ怖かった病院ですが、最終的にはピンクがきれいという、お花見のような感想になってしまいました。恐れていることって実際にやってみるとたいしたことなかったり、予想外の気持ちになるもんですね!

ということで、もし、痔でお困りの方がいたら迷わず病院へ行くのがいいと思います。逆立ちすると治ってしまうかもなので注意!!

 

さて本題。

街角のクリエイティブで映画コラム連載してます。よろしければ一読ください!

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脚本家の渋谷悠さんと対談してます。

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