酷評シネマ「そして父になる」その1
ドバイにいく、がばいばあちゃん
という駄洒落を思いつき、このような間違ったシリーズの方向性もあり得たのではないかと考察するシーズン野田です。
前回の酷評シネマでは「アナと雪の女王」を取り上げたのですが、未見で酷評したため、「この狼藉者!」とお叱りを受けたので、今回はDVDとはいえしっかりと鑑賞した作品をここで取り上げたいと思います。
今回の作品は「そして父になる」。
自分は最初、牛の生体を追ったドキュメンタリーかと、牛が何を食べミルクを生み出しているのかがこれをみれば丸分かり!なのかと、思ったのですが、開始早々福山雅治の犬顔が飛び込んできてびっくりしました。
牛ではなく、犬の話?
どうやら「乳」ではなく「父」であることが、タイトルが出てきてようやくわかります。勘違いしている人もけっこういるんじゃないかな。
さて、<ふてくされた映画のタイトル部門>でおなじみの
「誰も知らない」の、
葉っぱなのか、幹なのか、根っこなのか、なんなのか分からずについ、
「これ、枝なの?」
と聞いてしまう事でおなじみの、
是枝監督の今作なのですが、
正直、あまりこの監督の映画を見た事がありません。
一本でも人参的な、何回見ても誰も知らない、でおなじみの「誰も知らない」しか見た事がありません。
ですが、勝手気ままに映画を酷評する事をどうかお許し下さい。
さて、まず最初に言っておきたい事があります。
是枝監督、いいかげん其れは枝だから、あなたは監督をやめなさい!!
其れが枝だと分かった今、早くやめなさい。
いいご挨拶をかましてやりました。
まず、キャスティングがよろしくない。
父親役として犬顔の福山雅治を起用することで、父親役として犬を起用したソフトバンクのCMと丸かぶりなんです。
ソフトバンクのCMと丸かぶりやんけ!!
と関西人ならどついていることでしょう。
そしてもう一つ。
國村隼を休ませてあげて!!!
これに関しては、この映画というよりも邦画界へ問題提起です。
ひとたび邦画見れば、必ず出てくるこの男。
まるで芸能界の金太郎飴。
この男が登場した途端、イスから転げ落ちました。
見る邦画、見る邦画すべてに彼が出ているので、実は何人もいるのではないか?と疑ってしまいます。
この國村隼のおそ松君化現象はやがて、巨大なうねりを起こし、気がつけば自分や家族も國村隼になっているのではないかと、
「おお、お帰り。ちなみに、舌は一枚だよ」
「今日学校どうだった?舌は一枚に決まっているけれど」
と語尾に必ず、アウトレイジの名台詞を付ける日常会話で溢れるのではないかと、
そんな、将来訪れるであろう、さくらももこ的シュールな世界を憂うほどです。(アウトレイジ観てない人、すいません。。)
事程左様に、國村隼はこの日本映画界に根を張り、侵食しているわけですが、こうなると映画と映画の世界の隔たりがなくなるような気がします。
この間はヤクザだった男が、なぜ建築会社の上司に??一体何があったの?
とそっちのドラマが気になってしまう。
金八先生にハンガーヌンチャクを期待してしまうあの現象です。
玉木宏が喋る度に「お茶漬けを」を思い出し、お腹が減って、世界に入り込めないあの現象です。
國村さんが出てきた途端、一瞬ですが、その作品の世界から異世界へと意識が飛翔するので、再び映画に入り込むのに、時間がかかるのです。
もちろん彼が出てくるのを知っていればまだその傷も浅いのですが、不意打ちのように「國村だぁ〜〜」と登場するので深刻です。
福山雅治が出てきた途端に「レグザ」を思い出し、それがようやく慣れ始めた頃に、國村がひょっこり出て来たので、ただちにDVDを止め、気持ちを落ち着けるために、タバコを吸いに表へ出ました。
空の青い事、青い事…。
そんな青い空に、タバコの煙が吸い込まれ、雲を作るのを見ながら僕は思いました。
「ちょっとした役なら、無名の役者さん使えばよくない?」と。
観客の動員数にも、響くと思えません。
しかし、もしかしたら、彼が出る事が「邦画印」であり、一人前の映画としてのお墨付きだったりするのだろうか。
多分そんなところだろう。
他にも樹木希林や、リリーフランキーなど、もう目に垢が付くぐらい日本映画の記号どもがわんさか出てきて、
「これ『邦画』なんです!」
と言う。
わかってるわ!
ここに小泉今日子が出てきたら完全に邦画アレルギーで全身にぶつぶつができるところだったぜと、安心した矢先の、ちょい役で
ARATA(現:井浦 新)の登場。
放りなげろうかい!!
もうそういうキャスティングはやめにしていただきたい。
うちの坂元パルム師匠を使いなさい。
ここまで全てキャスティングの話しかしておりません。
ということで、そして次になる。
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